PAUL RUDOLPH
カナダ生まれのギタリスト。本国では材木業に従事していた。デヴィアンツのカナダ人マネージャー、ジェイミー・マンデルカウの薦めでデヴィアンツに加入。3枚めのアルバムから参加した。
デヴィアンツ在籍中には、ミック・ファレンがプロデュースしたTWINK/Think Pink (Polydor 2343032)のセッションに参加し、ギターを弾いた。デヴィアンツの北米ツアーでミックと他の3人は喧嘩になり、ミックは脱退。他の3人(ポール、サンディ、ラッセル)は帰国後、ピンク・フェアリーズを結成した。
ピンク・フェアリーズはファースト『Never Never Land』と『What A Bunch Of Sweeties』に参加して脱退。
UNCLE DOG
ピンク・フェアリーズ脱退後ベース・プレイヤーとして参加。このバンドはアルバム1枚発表しているが、そこには参加せず。
BRIAN ENO
Here Come the Warm Jets(Island)*1973
Another Green World(Island)*1975
ロキシー・ミュージックを脱退したイーノのソロ・アルバムのセッション(ファーストと3枚め)に参加。ファーストにはサイモン・ハウスも参加しているので、ホークウィンド在籍時に行ったのかも知れない。サードはイーノが、参加ミュージシャンに例えば「この曲は90秒の長さになるから、その中で10のノイズを出しなさい」と指示して、その音をイーノが曲にまとめるという非常に奇妙なセッションだったという。何の映画か忘れたが、このアルバムをかけていて、「今度そのアルバムをかけたら殺すわよ」とダンナを脅す妻が出てくる映画があったのを思い出した。
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PINK FAIRIES Live At The Roundhouse 1975 |
1982 Big Beat |
HAWKWIND (1975-1977)
Astounding Sounds Amazing Music (Charisma)*1976
レミーの後任のベース・プレイヤーとして参加。この時のライン・アップは、デイヴ・ブロック(g,vo)、ニック・ターナー(sax)、サイモン・ハウス(violin)、アラン・パウエル(drums)、サイモン・キング(drums)ロバート・カルヴァート(vocals)、ポール・ルドルフ(bass)。
ROBERT CALVERT
Captain Rockheed And The Starfighters(United Artists)*1974
Lucky Leif And The Longships (United Artists)*1975
彼のファーストとセカンド・アルバム。ファーストはロイ・ベイカーのプロデュース。参加メンバーは、ポールの他にレミー、サイモン・キング、ニック・ターナー、デル・デットマー、デイヴ・ブロック、トゥインク、エイドリアン・ワグナー、アーサー・ブラウン、ヴィヴィアン・スタンシャル等。
セカンドはブライアン・イーノのプロデュース。ポール、サル・メイダ、アンディ・ロバーツ、マイケル・ムアコック、ニック・ターナー、ロバート・カルヴァート、サイモン・ハウス等が参加。ここでイーノと出会ったことが、後の彼のソロへの参加へと繋がったのかも知れない。
KICKS
ホークウィンドを脱退したポールとアラン・パウエル、トゥインクのアルバムのセッションに参加していたホンク(ジュニアズ・アイズ〜クウィーヴァー)と、カル・バチェラー(クウィーヴァー)で結成された。すぐにベースはスティーヴ・ヨーク(マンフレッド・マン・チャプター3)に交代したが、バンド自体も長続きせず77年2〜7月の活動で解散した。
reunion THE DEVIANTS
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MICK FARREN & THE DEVIANTS Screwed Up EP |
1977 Stiff |
上記EPとピンク・フェアリーズの再編に参加。その後カナダに帰った模様。カナダではバイクショップを経営していたといわれているが真相は不明。尋ねたが明確な答えは返って来なかった。
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PINK FAIRIES Pleasure Island |
1996-1997 Twink |
20年ぶりにトゥインクがカナダに住んでいたポールにコンタクトをとって実現した2枚のアルバム。すべての楽器は2人の演奏で、ポールはペースも弾く。そして個人的なことを書けば、トゥインクが Pleasure Island のラフ・ミックスを送ってくれたり、僕がイギリスを離れた次の日から No Picture のレコーディングを始めたり、との思い出もある。